2008年6月の優秀答案当選者5名:★施栄濤(埼玉県志木市) 、田中幸子(岩手県遠野市) 、林美恵子(長野県松本市)、鈴木隆(和歌山市) 、井上大海(鹿児島市) 「先生と私」の9:その晩私はいつもより早く床へ入りました。私が食事の時気分が悪いと言ったのを気にして、奥さんは十時ごろそば湯をもってきてくれました。しかし私の部屋はもう真っ暗でした。奥さんはおやおやと言って、仕切りの襖を細めに開けました。ランプの光がKの机から斜めにぼんやりと私の部屋に射し込みました。Kはまだ起きていたものとみえます。奥さんは枕もとに座って、おおかた風邪を引いたのだろうから体をあっためるがいいと言って、湯呑みを顔の傍へ突きつけるのです。私はやむをえず、どろどろしたそば湯を奥さんの見ている前で飲みました。私は遅くなるまで暗い中で考えていました。むろん一つ問題をぐるぐる回転させるだけで、ほかになんの効力もなかったのです。私は突然Kが今隣の部屋で何をしているだろうと思い出しました。私は半ば無意識においと声をかけました。すると向こうでもおいと返事をしました。Kもまだ起きていたのです。私はまだ寝ないのかと襖越しにききました。もう寝るという簡単な挨拶がありました。何をしているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答えがありません。その代わり五、六分たったと思うころに、押し入れをがらりと開けて、床を延べる音が手に取るように聞こえました。私はもう何時かと、また尋ねました。Kは一時二十分だと答えました。やがてランプをふっと吹き消す音がして、うちじゅうが真っ暗なうちに、しんと静まりました。しかし、私の眼はその暗い中でいよい冴えてくるばかりです。私はまた半ば無意識な状態で、おいとKに声をかけました。Kも以前と同じような調子で、おいと答えました。私は今朝彼から聞いたことについて、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました。私はむろん襖越しにそんな談話を交換すう気はなかったのですが、Kの返答だけは即座に得られることと考えたのです。ところがKはさっきから二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような素直な調子で、今度は応じません。そうだなあ低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました。(夏目漱石 続く) 訳文:《老师和我之九》:那天晚上我比平时睡得早。太太牵挂着我在吃晚饭时说不舒服的事,在十点左右给我端来了荞麦面汤。但是我的房间却已熄了灯,一片K暗。太太哎唷哎唷地嚷着,将我房间的隔扇门拉开了一条缝。油灯的光线从K的桌子那儿斜斜地朦朦胧胧地照射进我的房间。看来K还没睡。太太跪坐在我枕边说:“你多半是得了感冒吧,所以暖暖身子为好。”说着把汤碗一直端到我的嘴边。没办法,我只得在太太面前喝下了那碗粘糊糊的荞麦面汤。我一直在K暗中思考到很晚。当然只是将一个问题在脑海中反复来回转,除了这以外什么也作不了。我突然想: K现在在旁边的房间里干什么呢?
我半无意识地喊了一声:“喂!”于是对过房间里也回了一声:“喂!”K也还没睡。我隔着隔扇门问他:“还不睡吗?” 他简单地回答说:“就要睡了。”我又问了一句:“你在干什么?”这一次K没有回答。但是,过了大概五、六分钟的时候吧,清清楚楚地听到壁橱哗啦一声被拉开和铺被褥的声音。我又问:“现在几点了?” K回答说:“一点二十分。”不久又听到噗地吹灭油灯的声音,整个屋子在一片K暗中静了下来。但是,我的头脑在K暗中越来越清醒。我又是在半无意识的状态中,对K喊了一声:“喂!”。K也就和前次一样,回了我一声喂。我主动提起话题说:“早上听你说的那件事,想再仔细地谈谈,你有空吗?”当然我不是想和他隔着门谈这种事。我想K会马上给我回答。但刚才我两次喊喂,
K两次老老实实地回答喂,这次却不回答了。只传过来他那低低的发涩的声音:“是啊……”我又被他吓了一跳。(夏目漱石 未完待续)(翻译者
施荣涛)
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