「夏目漱石 夢十夜 第四夜 続き」: そうして地面(じびた)の真中に置いた。それから手拭の周囲(まわり)に、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製(こし)らえた飴屋の笛を出した。「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を爪立(つまだ)てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮(つま)んで、ぽっと放り込んだ。「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追いて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る、」と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めはくらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸(つか)って見えなくなる。それでも爺さんは「深くなる、夜になる、真直になる」と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯(ひげ)も顔も頭も頭巾(ずきん)もまるで見えなくなってしまった。自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。
訳文:「夏目漱石 梦十夜 第四夜 继续」: 然后,他把手巾放到自己面前的地面上,并在手巾的周围用小石块画上一个大圈。从肩上挎着的箱里取出一个买糖果行商用的黄铜笛子。说着:“手巾马上就要变成蛇了。看啊看啊,大家看呀”,一遍又一遍地说道。孩子们目不转睛地盯着手巾。我也注视着。“看呀,看呀,看好了吧?”老头边说着边吹起笛子来。他自己沿着圈子团团转。我一直凝视着手巾。可是手巾一动也不动。老头嘘嘘地吹着吹着,绕着圈子转着转着,他时而踮起穿着草鞋的脚,时而做出蹑手蹑脚的姿态,就像是不要惊动手巾,又像是敬畏,又像是快乐。一会儿,老头的笛声嘎然而止。他打开了肩上的箱子,用手掐着手巾头,一下子扔了进去。说着:“这样一来它就会在箱子里变成蛇了。现在就让你们瞧瞧,
现在就让你们瞧瞧”。老头边说着边径直走出圈子,从柳树下走到一条细细的小路上,一个劲儿走下去。我想看蛇,便跟在他后面一个劲儿追着。老头走着走着,时而说着:“马上就要变了”,时而说着:“已经变成蛇了”。然后,他唱起来:
“马上变,
变成蛇,一定变,笛子响”,终于走到了河边。那儿既没桥也没船,我以为他会在这儿歇下来,让我看箱子里的蛇。可是老头竟然哗啦哗啦地淌着水走进了河里。开始时河水还不那么深,渐渐齐了腰,最后齐了胸,就要没頭了。可是老头仍然唱着:“水深了,夜来了,变直了”,笔直地走下去。就这样,他的白髯、他的脸、他的头、他的头巾,全部都看不见了。我以为老头会走上对岸时让我看蛇,就站在芦苇随风瑟瑟作响的地方,一个人良久等着等着。可是老头没有再上来了。(翻译:伊藤佐和子 ) |