2009年6月の優秀答案当選者5名:★施栄濤(埼玉県志木市)、島田幸子(沖縄県名護市)、多川光信(熊本県山鹿市)、藤田良一(秋田県大仙市)、向井弘子(広島県三次市) 「先生と私」の21: 急いだためでもありましょうが、我々は帰り道にはほとんど口をききませんでした。うちへ帰って食卓に向かった時、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて上野へ行ったと答えました。奥さんはこの寒いのにと言って驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があったのかとききたがります。私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。平生から無口なKは、いつもよりなお黙っていました。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、ろくな挨拶はしませんでした。それから飯を呑み込むようにかき込んで、私がまだ席を立たないうちに、自分の部屋へ引き取りました。そのころは覚醒とか新しい生活とかいう文字のまだない時分でした。しかしKが古い自分をさらりと投げ出して、一意に新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠けていたからではないのです。彼には投げ出すことのできないほど尊い過去があったからです。彼はそのために今日まで生きてきたと言ってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に向かって猛進しないといって、決してその愛の生ぬるいことを証拠立てるわけにはゆきません。いくら熾烈な感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。(夏目漱石 続く) 訳文:《老师和我之二十一》:也许是因为急着ー路吧,我们在回家的路上几乎没说过话。回到家里,坐到饭桌边的时候,房东太太问:“为什么回家晚了?”我回答说:“K邀我去上野了。”太太说:“这么冷,却去上野?”显出很惊讶的样子。小姐饶有兴趣地问道:“去上野做什么了?”我回答说:“没做什么,只是散散步而已。”平时就不爱说话的K比往常更沉默了。即使太太跟我们攀谈,小姐在一旁巧笑嫣然,他也没说一句象样的应酬话。随后,他大口大口地将饭扒进嘴里,在我尚未离席之时,回到自己的房间里去了。那时还是没有“觉醒”呀“新生活”呀之类词汇的时代。不过,K没有毅然抛弃过去的自己一心一意奔向新的方向,不是因为他缺乏现代人的观念,而是因为他有着无法舍弃的宝贵的过去。几乎可以说他是为此而生存到今天的。所以K虽说没有笔直地朝着爱情目标挺进,也决不能证明他的爱是不彻底的。无论炽热的感情怎样燃烧,他也不能轻率地行动。(夏目漱石 未完待续)(翻译者 施荣涛)
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