中国シルクロード中の甘粛省に 古代ローマ人の村を発見: 長身、ブロンドのひげ・・・・ 2000年前に中国に帰順か
◆「上海1998年8月1日共同社」:7月31日付けの南京の夕刊紙、揚子晩報によると、中国西部の辺境地帯に位置する甘粛省金昌市郊外、永昌県者来塞村の村民約100人が高い身長と鼻、くぼんだ目、ウェーブした頭髪、ブロンドのひげといった欧州人の風貌をしていることが最近、考古学者たちにより確認された。古代ローマの遠征軍の末孫との見解が有力になっている。
古代ローマ史料によると、ローマ共和制末期の執政官クラッススが紀元前53年、5万人の軍を率いて中央アジアのパルティア(中国名・安息)を攻略して戦死。6千人の兵士が包囲を突破したものの、行方を絶っている。 これと対応するように、中国側の「漢書陳湯伝」は、紀元前36年に前漢王朝の国境警備軍がローマ軍の装備をした部隊と遭遇、この部隊は漢に帰順し、豊かな土地を与えられて国境防衛任務に就いたと記している。その後に書かれた漢の地図により、国境地帯に新たな行政区画が設けられたことが確認されている。 考古学者らによると、者来塞村の位置はこの古地図上の行政区画とほぼ重なり、古代の砦跡も見つかった。 村民たちは先祖代代、新年には小麦粉で牛の頭の形を作って祭壇に供えるなど、漢民族に見られない風習を維持しているという。 1998年8月2日「京都新聞」
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